薬剤抵抗性とは?

 薬剤抵抗性とは同じ農薬を使い続けると、やがてその農薬が効かなくなる現象のこと。これは農薬に限ったことではなく、たとえば医薬分野でも抵抗性を持った細菌(MRSA)が院内感染などで広まり患者の死亡など深刻な問題を引き起こしています。

●薬剤抵抗性の考え方

 薬剤抵抗性(以下、抵抗性)が起こる原因として、対象となる病害虫あるいは雑草が農薬に慣れたというイメージの記事に出会うことが時々あります。たとえばテレビのニュースなどで農薬の濃厚液の中で生きている昆虫の映像を流して、これほどの高濃度でも生きられるほど虫は進化し、強い毒性を持った薬剤でないと防除できなくなったといった具合に紹介されたりするのがその例です。しかし、これは誤解で抵抗性とは強い毒性に「慣れる」というイメージのものではありません

 その農薬が効かない遺伝子をたまたま生まれつき持っていた生物が生き残ることにより、世代交代を繰り返し、やがてはみんながその遺伝子を持つようになるというのが正しい理解です。
 例えが悪くて恐縮ですが、地球全体が急に水深2メートルの洪水になったとしましょう。すると身長が2メートル以下の人々の多くはおぼれ死に、一部の背の高い人間とたまたま高いところにいた幸運な人だけが生き残ることになります。すると次の世代では背が2メートル以上の人の割合が格段に増えることになりますね。なぜなら背が高くなる遺伝子を持った子供がたくさん生まれてくるからです。そして、その子供が大人になる頃にまたも同じような洪水が起こったとします。そういったことが幾度も繰り返されれば、やがて人間の平均身長は2メートルを超えることになると想像できます。病害虫などにとって農薬とはここでいう洪水と同じようなものです。ですから世代交代の早いもの、例えばダニ類(年10世代以上ということもある)などが抵抗性の発達が早いのはこのためです。

 では、次にもっと大きな洪水が起こればどうなるかですが、人間ならばいくら世代を重ねても身長が10メートルになることはおそらくないでしょう。しかし、薬物と生物の関係では普通の生物(前の例ならば背の低い人に該当)と抵抗性生物(背の高い人に該当)で数百から数千倍の差があることも珍しくはありません。よって、同種の農薬のなかでより効果の高いものを使ったとしても防除効果は期待できないことになります。ではどうすればいいかというと違う種類の農薬を使えばよいことになります。先の例えで言えば、平均身長が2メートルを超えた世界であっても次に気温が50度の日々が半年も続けば多くの人間は死んでしまうことになるというイメージです。

 でも、やはり熱さに強い一部の人だけは次世代を残していくことになります。すると身長が2メートルでなおかつ50度の気温に耐えられる人間ばかりになります。農薬も同じであり、ひとつの農薬に抵抗性を持った生物が、さらに別の農薬に抵抗性を持つことがあります。これが複合抵抗性と呼ばれるものです。2つどころかもっと多くの薬剤に対して抵抗性を持つ病害虫も観察されています。

 別のパターンとして、ひとつの農薬に抵抗性を持った生物が、たまたま別の薬剤に対しても抵抗性を持つ場合もあります。これは交差抵抗性と呼ばれるています。別の薬剤が抵抗性をもたれてしまった薬剤と同じ作用性であった場合や、農薬を解毒する能力が高くなったからだとか、皮膚が薬剤を浸透しない体質である、などの理由が交差抵抗性の原因として考えられます。

●抵抗性の歴史

 抵抗性の歴史についても簡単に触れておきましょう。20世紀初頭には北米で石灰硫黄合剤に抵抗性を持ったヤノネカイガラムシが出現していたと報告されています。しかし、大きな問題ととらえられたのはDDTに対する抵抗性を持った害虫が出始めた1950年頃以降です。殺菌剤では1970年ごろから抵抗性が報告されるようになりました。日本でもそのころからポリオキシンやカスガマイシンなどの抗生物質系の殺菌剤でまず抵抗性が報告されました。その後も現在に至るまで様々な剤に対する抵抗性が報告されています。除草剤については1968年にアメリカでアトラジン耐性雑草が見いだされたのが最初です。ただ、雑草は世代サイクルが長く、病害虫と比べて抵抗性を獲得するのに時間がかかり、また移動性が乏しいことから抵抗性が他圃場へ伝搬するのが遅いという特徴があります。よって、問題になることがありませんでしたが、ごく最近になって日本の水田におけるSU剤抵抗性雑草の出現により、問題となるケースが出てきました

●抵抗性はなぜ出るのか?

 抵抗性を獲得した生物に農薬が効かなくなるのはなぜでしょうか。例えば虫を例にとって考えると、農薬がかかってから虫が死ぬまでのプロセスをひとつひとつ考えてみるのがわかりやすいです。
 散布された農薬は虫の皮膚を透過して、あるいはエサと一緒に口から虫の体内に入ります。そして虫体内の様々な生体内反応で解毒されたり、あるいは排泄されたりします。それらの作用をくぐり抜けて実際に薬が作用するところ(作用点)に到達したら、作用点と結合して虫の正常な活動を妨害し、結果的に殺虫性を示すことになります。作用点は神経やその他の細胞内にあると理解すれば良いでしょう。個々の農薬ごとの作用性に関するくわしい話は割愛します。

 以上の話から抵抗性獲得のためには主に3つの要因があることが浮かび上がってきます。
  1:虫の体内に入りにくくなること、
  2:虫の体内で解毒されやすくなってしまうこと
  3:作用点と結びつきにくくなってしまうこと
 特に2番目と3番目が重要であることがわかっています。これは菌や雑草についても同様です。

●抵抗性が出やすい農薬

 一般に低薬量で効く農薬は抵抗性がつきやすいと考えてよさそうです。低薬量で効くということは、わずかな量が作用点にくっついただけで十分な効果を示すということですから、作用点の農薬との結合部分が変異しただけで抵抗性が発現してしまうことになります。また、体内に入る農薬の量も少ないので、解毒されてしまう可能性も高まります。
 合成ピレスロイド系殺虫剤やEBI系殺菌剤やストロビルリン系殺菌剤あるいはSU系除草剤のような低薬量でも高活性な薬剤は抵抗性が早い段階から発現しています。

 逆に言うと特定の作用点を標的としないような剤は抵抗性がつきにくいといえます。一般的に古くからある農薬にはそのようなものが多く、例えばボルドー液は銅イオンが活性本体であり、特定の作用点を阻害するものではないので抵抗性がつきにくいと考えられ、実際に100年以上の使用実績がありますが抵抗性は発現していません。

 次に、世代交代が早い生物を対象とした農薬は抵抗性がつきやすいのも宿命であるといえます。ダニやコナガやアブラムシなどが該当します。

●抵抗性を回避する方法

 抵抗性を回避するためには2つの対策が考えられます。

  1:ローテーション散布
 毎回異なった作用性の薬剤をまくことです。同じ作用性の農薬をまき続けると、その農薬に抵抗性を持っている病害虫が残りつづけますから、抵抗性を育てているようなものです。
 また、散布する際には均一散布になるように心がけることも大事です。低レベルな抵抗性を持つものを完全に叩くことにより抵抗性遺伝子が蔓延することを防ぐことができるはずです。

  2:IPM(総合防除)の実践
 農薬一辺倒の防除にならないようにすればそれだけ農薬散布回数が減り、抵抗性の発達を遅らせることができるはずです。また、農薬散布する際にわざと無処理区を作ることにより、感受性を持った個体を温存することも有効です。

●ローテーション散布の注意

 ローテーション散布にはいくつか注意しなければならないことがあります。農薬は商品名が異なっても中身の有効成分は同じであったり、別の有効成分であっても同じ作用性を持つ薬剤であったり、あるいは交差抵抗性を持つ薬剤であったりすることがあるからです。

たてきコメント:

 せっかくの農薬も抵抗性がつくと無力化してしまい大変です。正しい知識に基づいて、ローテーション散布やIPMを実践し、抵抗性発達を妨げる(遅らせる)ことによが大切です。


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